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お祭りでのはっぴ
はっぴに思い出はありますか?私は特にありません。今、着る機会もありませんし。子どもの頃の地域の神社もお祭りでしか触れることもありませんでしたしね。
そういえば、小さい頃によく参加した神社のお祭りは、町の歴史にちなんだものだったんです。町全体を大きく2つに分け、その2つの地域それぞれに神社を作りました。なので、お祭りも時期によって違うんです。町の半分はお祭りだけど、残りの半分はお祭りじゃなくて、普通の日を送るっていう、変な感じなんです。そのお祭りでは、それぞれの地域で作ったオリジナルの法被を着ていました。お神輿をバトンするんです。南から上がってきて、一番北にある神社に運ぶ。これが昔からの慣わしなんです。
その際に活躍するのが、はっぴなんですよ。バトンする時に大人が子どもを区別するためにとても重要な役割を持っているんです。ちょっと変わった風習ですよね。私が住んでいる町では、昔からそれが当たり前のように引き継がれてきたことなんです。でも地域にとっても全然違いますもんね。
これから言えることとして、法被に共通しているのは、神社の名前。神社の名前が入っているもので、それ以外は地域によって違うっていう感じでした。思えば、独特なものだったんだなって思います。
幼稚園の頃着たはっぴ
法被の思い出と言えば子供の頃のことを思い出します。というのは私がきたことがあるのは子供の頃だけだからです。最近では本当に着ることがなくなりましたからね。
私が初めてはっぴを着たのは私が幼稚園の頃の事だったと思います。その当時私が俗していた子供会のイベントでおみこしがあったからです。それが私のデビューとなりました。近所の幼なじみ達も一緒に参加して楽しかった事を覚えていますね。
当日はみんな最初はグラウンドに集合したのですがおみこしのあとにはトラックが付いてきました。このトラックには太鼓が載せられていて太鼓担当の人が乗っていました。まだおみこしが始まる前にこのトラックにのってみんなで試しうちをさせてもらった事を覚えています。これは凄く楽しかったです。そしてみんなでおそろいのはっぴを着て御みこしを担ぐことになりました。
私はその当時物凄く歩くのが嫌いな人間だったのですぐに嫌になってしまいました。でも最後まで歩くとお菓子がもらえるということでがんばりましたね。小さな子供が沢山はっぴを着て参加しているということなので歩くのはこまめに休憩を挟んで行われました。だからそんなにきつくはなかったです。
そして最終目的地に着いた時にはお菓子がもらえるとあって凄く嬉しかったです。お菓子の為というのもありましたが凄く楽しい思い出でした。今でもはっぴを着た集合写真をみるとあの時の楽しい思い出が蘇ります。
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はっぴの思い出を振り返る
はっぴの思い出を振り返ってみました。子供のころの町内の子供祭です。毎年お盆の頃におこなわれるのですが、私が小学校のころはうちの町内には子供が多くてぐるりと一周するだけで大勢の子供が集まるぐらいいました。
こども祭には、子供達はみんな法被をきます。2色あって、男の子は青、女の子は赤と色わけされていました。そして、その年の当番のお宅に、どっさりと届くのです。それを、お祭前になると、町内の子供達に配られるのです。サイズを確認しながら渡すので、ちょっとした騒動になるぐらいです。にぎやかで、ワイワイがやがやと、もうすでにお祭気分になっているのです。私もその時からもう楽しみでしたね。
配られたはっぴが届くと、家に帰ってまた着てみます。そして鏡を見ては、似合っているかどうかチェックしてみたり、髪形はどうしよう。とかそういったことまで悩んで、しばらくの間は鏡の前にずっといましたね。よっぽど嬉しかったのだと思います。
そしてお祭当日には、子供達はそれぞれ家からはっぴを着て会場へと向います。賑やかな盆踊りの音楽とともに、太鼓の音が聞こえてきて、とても楽しい盆踊り大会の始まりです。今思い出してもあの頃の楽しかった気持ちが蘇ってきます。
秋祭りでのはっぴ
はっぴの思い出と言えば、やはりお祭りを思いだしますね。それも秋祭りを思い出します。
秋祭りは農家がその年の豊作をお祝いするお祭りなんだそうですがどこに農家があるの?と思うほど少なくなった農家の人達がもち米を持ち寄って餅つきをしてくれたり、焼いたお餅を豚汁にお餅を入れてくれたり、新米を寄付して下さりして、婦人会のおばさん達が、寄付して貰った新米炊いて三角おにぎりを作ってくれたりして法被を着た子供たちに食べさせてくれたことを今でも鮮明に覚えています。
地域によっては女の子もはっぴを着ることが出来る地域もあって私の住んでいる地域では女の子は、お祭りの時に着ることが出来なかったので私は本当に羨ましく思っていました。
大人の着ていた法被は、真新しいものではなくずっと昔からあったようなちょっと色あせたものでしたがそのデザインによって年代がわかるといったユニフォームのようなものだと思いました。
古いからと言って新しく作るのではなく自分自身が、お祭りに初めて参加した年のはっぴだということもあり古い法被の方がなんだか値打ちがある様に子供ながらに思ったものでした。
大人になってから気がついたのですが、そのはっぴの年代によってどこが違うのかと思っていたら、背中の部分の下の方にその年の干支が描かれていたのを子供のころは全く知りませんでした。思い出を語るとき、やはり楽しかった秋祭りのことが今も鮮明に思い出されます。
おみやげで買ってきたはっぴ
はっぴといえば、私は小学校の時に父がおみやげで買ってきてくれたものを思い出します。
ちょうど、父はそのころ東京に単身赴任をしていて、帰ってくるのは月に2回程度でした。そして、ようやく父の単身赴任が終わる頃、父がおみやげとして、浅草で法被を買ってきてくれたんです。
色は青くて大きく「祭」という文字が背中の部分に書かれていて、これぞはっぴという感じの物でした。それにさらしもついていたし、お祭りがあったらすぐに着ることができるような感じで、ワンセットになっていました。
初めて自分用のはっぴを手にして、すごくうれしかったのを覚えています。ちょうど時期的に私の住んでいた地域ではお祭りは無かったのですが、それでも次のお祭りには着たい、と母とも話していました。
しかし、せっかく父が買ってきてくれたはっぴですが、一つ問題がありました。それは、全くサイズが合わなかった、ということです。大きすぎる場合はまだ良かったのですが、小さすぎて、そもそもちゃんと着ることもできませんでした。
そう、父が単身赴任でいなかった間に、私はかなり成長していたんです。私の服のサイズを知らなかった父は、「これくらいの背丈で」って感じのことをお店の人に言って、それで法被を買ったのだとか。でも、その時に示した体の大きさが小さかったのか、父が買ってきてくれたものは私の体には全く合っていない物でした。
ということで、そのはっぴですが、捨てる必要もないし、今は大きめのぬいぐるみに着せてあります。